こんにちは!
つんどく速報ライター☆イマガワです。

ざっくり言うと


・大家族の父親が、殺される
・死体は見つからない。子どもたちが解体して隠したから
・ルナール『博物誌』をもとにしたパスティーシュ小説

ごくつぶしごくつぶし
不狼児(著)
出版: 崖っぷち書店 (2014-04-01)

ジュール・ルナール作、岸田国士訳、ピエール・ボナール挿絵の『博物誌』をパクった連続超短篇盗作ノワール。部分的には原作の文章そのものですが、全く別な話になっています。

作中では君と呼ばれる、とある大家族の長男が主人公。 父の死後、家族を支えるため犯罪に手を染めてゆく。

「なぜこんなことをするのか? 詮索するのは野暮というもの。思いついても面倒なので誰もやらないだけである」――日本涜書新聞書評コラム

※製品版は、タテ書きです。下記プレビューはPC向けです。

俺はこういう人間だ!


本書『ごくつぶし』は、夢も希望もない、絶望に満ちた大家族小説です。

働かず、ギャンブルに狂い、多額の借金をこしらえて、実の娘を妊娠させる━━そんな最悪な父親を殺すことを決めた子供たち(五男五女)の破滅的な日常を描いています。

あらすじ


君は或る大家族の長男である。その生活を想像してごらん。

ごくつぶし』から引用。以下おなじ

一家は、貧民窟のなかに建っている『日蔭の家(ひかげのいえ)』というボロ家屋に住んでいた。弟や妹たちからは貧乏と汗と垢と糞尿のにおいが常に漂っている。家に風呂場がなく、ちかくには肥溜めがあるからだ。

父は、ろくに働いておらず右翼団体に所属しているヤクザくずれの『ごくつぶし』。母は若い男を連れ込んでは、いやらしい声を子どもたちに聞かれても恥じることすらしない梅毒病み。

あなたは、そんな一家の長男・競嗣(せるじ)だ。両親に代わって、9人の弟や妹の面倒をみている。高校へは行かず、工場で働いているが家計を支えるには不十分なので━━たまに事務所荒らしをして稼いでいる。

競嗣 十七歳。長男。君。
若葉 十六歳。長女。
青葉 十四歳。次女。
丸児 十三歳。次男。
紅葉 八歳。三女。
呉雄 六歳。三男。
双葉 四歳。四女。
一葉 三歳。五女。
鞠夫 〇歳。四男。双子の赤ん坊その一。
類二 〇歳。五男。双子の赤ん坊その二。
真手男 親父さん。
己桃 おっ母さん。

登場人物表は、まあこんなところか。
五男五女。今はそのくらいだが、まだふえる。

『まだふえる』━━増えるうちの1名は、父・真手男が長女の若葉を犯したときに出来てしまった子供を指している。通称「妹の子」は、本編を読んでいるうちにオギャアと産まれるから心配ない。

元ネタは『博物誌』


書くのを忘れていましたが、本書『ごくつぶし』には元ネタが存在します。フランスの小説家であるジュール・ルナールが1896年に発表した『博物誌』という作品です。

『博物誌』は、田園に生きる家畜・鳥類・昆虫や爬虫類などを「彼」や「彼女」と呼び、ときには人間のような名前を与えて、あたかも良き隣人を観察するようにスケッチした小説です。

しかし、こいつは、私をしんみりさせる。いつまでも私の用を勤めながら、一向逆らいもせず、黙って勝手に引き回されているということが、考えれば考えるほど不思議でしようがないのである。
(中略)
 彼を見ていると、私は心配になり、恥ずかしくなり、そして可哀そうになる。
 彼はやがてその半睡状態から覚めるのではなるまいか? そして、容赦なく私の地位を奪い取り、私を彼の地位に追い落とすのではあるまいか?

岸田國士訳・博物誌』馬の章 から引用。

こんな感じ。現在、青空文庫をもとにした無料のKindle本が入手できます。

博物誌博物誌
ジュール ルナール(著), 岸田 国士(翻訳)


で、本書『ごくつぶし』は、原作『はくぶつし』のどのあたりをパロディ化しているのか? 以下をご覧ください。

▶『博物誌』雌鳥(めんどり)の章
 戸をあけてやると、両脚を揃えて、いきなり鶏小屋から飛び降りてく来る。
 こいつは地味な粧いをした普通の雌鳥で、金の卵などは決して産まない。
 外の明るさに眼が眩み、はっきりしない足どりで、二足三足庭の中を歩く。
 まず眼につくのは灰の山である。彼女はそこでいっとき気晴らしをやる習慣になっている。


▶『ごくつぶし』紅葉(もみじ)の章
 戸をあけてやると、両脚を揃えて、いきなり君の腹に飛び蹴りを食らわせてくる。
 紅葉。こいつめ。いつものことだ。無論、君は、決して殴り返さない。
 犬小屋に閉じ込めておいた妹は外の明るさに眼が眩み、はっきりしない足どりで、二歩三歩庭の中を歩く。
 まず眼につくのは砂の山である。彼女は毎朝そこで用をたす。一晩中がまんしていたのをいっぺんに排泄して、いっとき気晴らしをやる習慣になっている。

いかがでしょうか? 笑いどころは、原作の動物たちよりも『ごくつぶし』に登場する人間のほうが野蛮で下品に描かれている点です。

こんな調子でルナールの『博物誌』を参照しつつ、日蔭の家にネグレクトされた五男五女たちそれぞれの奇妙な生態、ごくつぶしである父親を殺害する場面、家族総出の死体処理作業、梅毒病みの母にまつわるエピソード、食い詰めた長男の競嗣が銃をたずさえて暴力団事務所を襲撃するクライマックスなど━━時系列すら定かではない幻想的な全70章を収録しています。

感想


自然への憧れと動物にたいする親しみに満ちたフランス文学の傑作を、無慈悲なるコピー&ペーストによって「虐待児たちが父親を殺して解体する物語」に書き換えてしまった。

ビッグダディ殺人事件こと本書は、原作者であるジュール・ルナールに対する冒涜(ぼうとく)のようにも見えますが━━じつは『はくぶつし』が『ごくつぶし』になるのは必然なのです。

なぜなら。ルナールは、小説『にんじん』の著者でもあるからです。
『にんじん(原題:Poil de carotte)』は、全国の小学校や中学校において推薦図書に選ばれるほどの名作文学であり、物語のテーマは、うまくいかない親子関係と児童虐待(ネグレクト)です。

くしくも『にんじん』における主題を、『博物誌』のパスティーシュ小説である『ごくつぶし』は引き継いでいます。セルフパブリッシングによってもたらされた冒涜文学は、児童虐待における両極━━育児放棄と性的虐待をあわせて取り扱っているのです。

親子が互いの愛情を確認する方法は数あれど、血を分けた我が子たちの手によって解体されるというのは、いわば究極の親子コミュニケーションです。

愛しき死者を見送るにあたって、これほど濃密な時間を過ごすことができる方法はありません。
火葬や土葬ではなく、父そのものである血と肉と内臓をイヤというほど五感で受け止めることによって、子供たちはようやく自分たちのルーツを理解したのではないでしょうか。

本書『ごくつぶし』は、良質な血族サーガであり、J・D・サリンジャーのグラース家、あるいは中上健次の紀州サーガ、舞城王太郎の『煙か土か食い物』に登場する奈津川家を思い起こしつつ、楽しく読みました。
ちなみに、紅葉ちゃんは『二郎』みたいなキャラであり、長男の競嗣が四郎、親父さんは丸雄そのものです。

パロディのくせに……パクリのくせしやがって、まったく新しい作品として成立しています。おどろくべき執念と技術!
ちなみに。わたしは『ごくつぶし』→『博物誌』→『ごくつぶし』という順番で読みました。原作のフレーズや情景を絶妙に改変しているのを発見しては、ニヤニヤできます。オススメ。

Kindleストアでサンプルが無料で読めます。お試しください。(スマートフォン、タブレットでもOK)

  • ごくつぶし
  • 著者:不狼児
  • 価格:250円
  • 読了にかかる時間:約1.5時間(個人差があります)

「パスティーシュ」度
★★★★☆(4)
「大家族小説」度
★★★★☆(4)
「満足」度
★★★★★(5)
「総合」
★★★★☆(4)

著者について


不狼児さん(@furoji)。『ふろうじ』と読みます。作者ブログの記事(リンク)を拝見したところ、ワールド文学カップと称して、好きな文学作品がいくつも挙げられていました。『眼球譚』(J.バタイユ)、『黒いユーモア選集』A.ブルトン、など。

あわせて読みたい


ゆっくりとオレンジが潰れるゆっくりとオレンジが潰れる
小林楓(著)


【レビュー】すべてを失った起業家による恍惚の日々を描いた幻想文学『ゆっくりとオレンジが潰れる』


あなたの一冊をレビューします


つんどく速報では、電子書籍のレビュー候補を受け付けています。
ご応募はこちらから。
おもしろい電子書籍を教えてください(自薦・他薦を問いません)

コメント

コメントフォーム
評価する
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • リセット