こんにちは!
つんどく速報ライター☆イマガワです。
・33編の掌編小説を収録している
・ユーモア時々ナンセンス
・著者は、脚本家/映画監督
すべてを紹介することが出来ないので、特筆すべきものをピックアップします。以下、見出しは掌編タイトルです。
仲の良い夫婦。ようやく手に入れたマイホーム。35年ローン。先は長いけれど愛する妻と生きていく。
しかし、幸福は続きません。ほぼ毎日、新居の玄関先に犬が糞(フン)をするようになったのです。犯人はすぐに見つかります。
現場を押さえて、さっそく苦情を伝えると、犬の飼い主は「事情がある」と弁解をしはじめます。
糞が出なくなる原因不明の奇病。体内に糞が溜まり、限界に達すれば死ぬ。
事情は理解した。では、なぜ糞を放置したのでしょうか?
とまどう夫婦。しかし、どうやら言い逃れのデマカセではないようです。こうしてケロちゃんの糞と健康を見守る協定が結ばれるのですが━━というお話。
ナンセンス。ギャグ。どちらにも偏りすぎない、ほど良いおかしみを感じさせるエピソードです。
男は、ひどい肩凝りに悩まされていました。原因は、2ヶ月前からはじめた奇妙なバイトのせいです。
ビルの屋上から、40メートルの球体が吊るされている。奇をてらったデザインにしたものの、数々の欠陥工事が明らかになり、いつなんどき巨大な球体が落下して、ビルが崩壊してもおかしくない状況。
いまさら建て直すわけにもいかず、補強工事が完了するまで監視要員を常に配置することになりました。男は、そのために雇われたのです。
仕事内容は、不安定な40メートルの球体をひたすら監視すること。休憩時間は少ない。頚椎はきしみ、肩が凝る。
こうして『球体を監視する男』と『肩凝り』の対話がはじまります。つまり、肩凝りの擬人化ですね。おもしろい。
球体を眺めつづける仕事をなんの疑いもなく真面目にこなす男に対して━━。『肩凝り』は、サボることや逃げることを助言します。
本書『家出しなかった少年』において、このエピソードにかぎらず、仕事の重圧、どのように生きるのが正しいか?をテーマにしたものが目立ちます。小難しい観念的なものではなく、生活者がふと考えを深める瞬間を切り取っています。
表題作。小学3年生のとき。父親の家庭内暴力に耐えかねて、ついに家出を決意した少年。
しかし。その決行前夜に、父親が失踪します。
くしくも━━暴力ではなく不在によって、少年は呪いにも似た精神的束縛に悩まされ続けます。
その後、親戚の家に引き取られますが、家出できなかった体験に引きずられて、人生は下り坂のいっぽう。
20年後、とうとう無職になった元・少年は、ある場所でホームレスに出会います。伸び放題の髪とヒゲに覆われた顔は━━けっして忘れることのできない、見覚えのあるものでした。
このエピソードは、とても素晴らしい着想ですね。家出にかぎらず━━やりきることができなかった経験にまつわる後悔は、いつまでも心に重くのしかかります。
掌編。ショートショートとも言いますが、どちらかといえば本書に収録されているものは、日常の瞬間を切り取ったスケッチが多い印象です。言葉のとおり素描であり、オチが効いたエピソードは少ない。
わかりにくいたとえで恐縮ですが、テレビドラマ『世にも奇妙な物語』がレギュラー放送だった頃に、ファンタジーともミステリともいえない、コミカルともブラックユーモアともいえない、ぼんやりとしたラストを迎えるエピソードがありましたが、あんな感じです。
つまらないわけではなく、読後に━━いまの話って、いったい何だったのか?━━と振りかえって考えさせる系。
刺激は強くありませんが、33の収録作品を見渡せばユーモラスなものが多めですから、退屈はしませんでした。
著者の奥田徹さんは日活芸術学院出身であり、ご自身でも映画の脚本・監督を務めています。それゆえか、オムニバスフィルム映えするエピソードが多い印象です。
収録作『暑い日の猫と全裸』は前衛ショートフィルムのシナリオになりえますし、『兄が犯罪の準備をしていた』という掌編は、膨らませかた次第でユニークな映像になりそうです。
おなじ屋根の下に住んでいる歳の近い肉親が、じつは自分の知らない秘密を抱えていて━━というのは、多くの人々にとって身近なシチュエーションなので、つい結末が気になります。
Kindleストアでサンプルが無料で読めます。お試しください。(スマートフォン、タブレットでもOK)
「ユーモア」度 ★★★★☆(4) 「人生と仕事」度 ★★★★☆(4) 「満足」度 ★★★★☆(4) 「総合」 ★★★★☆(4)
奥田徹さん(@shonenkinema)。『おくだ・とおる』と読みます。日活芸術学院卒。『ベリースタートっ!』監督・脚本。ほかにも、映画脚本多数。
DIGクリエイティブアワード2012にて小説『ドーナツと彼女の欠片』がグランプリ受賞。
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つんどく速報ライター☆イマガワです。
ざっくり言うと
・33編の掌編小説を収録している
・ユーモア時々ナンセンス
・著者は、脚本家/映画監督
家出しなかった少年 [Kindle版]
奥田 徹 (著)
出版: 奥田 徹; 1版 (2014/3/6)
「父親が帰ってきたら家出しよう」そう思った日から父は家へ帰ってこなかった。表題作『家出しなかった少年』。後輩が言った、僕の夢はコンビニ強盗なんです。今、夢叶えていいですか?『あるコンビニバイトの夢』。
通学路にあったいつも閉まっている理容室。久しぶりに前を通るとカーテンが開き営業していた。『カーテンコール』等、記憶の片隅のような不思議な掌編小説33編収録。
※製品版は、タテ書きです。下記プレビューはPC向けです。
収録作品
近所の赤鬼
三十五年ローンと犬の「フン」
占領計画
ペッパージャム
ギターがある
あの頃の空と同じに感じた
ウイスキーと赤ん坊
肩車の上の誰か
疾走する軽トラで告白
夏が怖い
土を掘る
エロ本から
六月四日の腹痛
あるコンビニバイトの夢
僕が貰った原付バイク
はなちゃん
別れの曲
リビング
真面目な彼女の選択
いらっしゃいませ
猫のみやげ
背中合わせの眼差し
暑い日の猫と全裸
遠く
家出しなかった少年
宇宙人襲来
待ち合わせ
兄が犯罪の準備をしていた
最悪でもない
予感
欲張りと幸せ
カーテンコール
今の中、罪悪感
すべてを紹介することが出来ないので、特筆すべきものをピックアップします。以下、見出しは掌編タイトルです。
三十五年ローンと犬の「フン」
仲の良い夫婦。ようやく手に入れたマイホーム。35年ローン。先は長いけれど愛する妻と生きていく。
しかし、幸福は続きません。ほぼ毎日、新居の玄関先に犬が糞(フン)をするようになったのです。犯人はすぐに見つかります。
家の前で小型犬が糞をしていた。その横、握り拳をし、小声で「頑張れ!」と、応援している女性がいた。
掌編集『家出しなかった少年』から引用 以下同じ
現場を押さえて、さっそく苦情を伝えると、犬の飼い主は「事情がある」と弁解をしはじめます。
「実は、うちのケロちゃん、あ、犬の名前なんですが、難病にかかっているようでして……」
糞が出なくなる原因不明の奇病。体内に糞が溜まり、限界に達すれば死ぬ。
「こちらの壁の前でしたのです。糞を」
事情は理解した。では、なぜ糞を放置したのでしょうか?
「だって……ケロちゃんの目の前で糞を拾ったら、ケロちゃん、気にしてまた糞をしなくなっちゃわないかと思いまして……」
酷い言い草だ……しかし女性は泣き出し何度も頭を下げて、
「ここで、ここで糞をさせてあげてください! でないとケロちゃん、死んでしまいます!」
とまどう夫婦。しかし、どうやら言い逃れのデマカセではないようです。こうしてケロちゃんの糞と健康を見守る協定が結ばれるのですが━━というお話。
ナンセンス。ギャグ。どちらにも偏りすぎない、ほど良いおかしみを感じさせるエピソードです。
肩車の上の誰か
男は、ひどい肩凝りに悩まされていました。原因は、2ヶ月前からはじめた奇妙なバイトのせいです。
「座っているだけの仕事です」
ビルの屋上から、40メートルの球体が吊るされている。奇をてらったデザインにしたものの、数々の欠陥工事が明らかになり、いつなんどき巨大な球体が落下して、ビルが崩壊してもおかしくない状況。
いまさら建て直すわけにもいかず、補強工事が完了するまで監視要員を常に配置することになりました。男は、そのために雇われたのです。
仕事内容は、不安定な40メートルの球体をひたすら監視すること。休憩時間は少ない。頚椎はきしみ、肩が凝る。
得体の知れないなにかを肩車しているような、いや肩車しているのだから「なにか」ではなく、人物と仮定するのが正しいだろう。
(中略)
僕はこの肩凝りの原因を、見知らぬ人物を肩車しているからと仮定し、原因を探ることにした。
こうして『球体を監視する男』と『肩凝り』の対話がはじまります。つまり、肩凝りの擬人化ですね。おもしろい。
球体を眺めつづける仕事をなんの疑いもなく真面目にこなす男に対して━━。『肩凝り』は、サボることや逃げることを助言します。
本書『家出しなかった少年』において、このエピソードにかぎらず、仕事の重圧、どのように生きるのが正しいか?をテーマにしたものが目立ちます。小難しい観念的なものではなく、生活者がふと考えを深める瞬間を切り取っています。
家出しなかった少年
表題作。小学3年生のとき。父親の家庭内暴力に耐えかねて、ついに家出を決意した少年。
しかし。その決行前夜に、父親が失踪します。
彼は、家出の計画を実行すること無く、父親の帰りを待った。父親が存在する、このアパートから家出をしたかったらからだ。そこには、意地のような、礼儀のような彼が自ら決めたルールがあった。
「父親がいるから僕は出て行くんだ」
つまり、父親が不在だと家を出ていけない。
くしくも━━暴力ではなく不在によって、少年は呪いにも似た精神的束縛に悩まされ続けます。
その後、親戚の家に引き取られますが、家出できなかった体験に引きずられて、人生は下り坂のいっぽう。
20年後、とうとう無職になった元・少年は、ある場所でホームレスに出会います。伸び放題の髪とヒゲに覆われた顔は━━けっして忘れることのできない、見覚えのあるものでした。
このエピソードは、とても素晴らしい着想ですね。家出にかぎらず━━やりきることができなかった経験にまつわる後悔は、いつまでも心に重くのしかかります。
感想
掌編。ショートショートとも言いますが、どちらかといえば本書に収録されているものは、日常の瞬間を切り取ったスケッチが多い印象です。言葉のとおり素描であり、オチが効いたエピソードは少ない。
わかりにくいたとえで恐縮ですが、テレビドラマ『世にも奇妙な物語』がレギュラー放送だった頃に、ファンタジーともミステリともいえない、コミカルともブラックユーモアともいえない、ぼんやりとしたラストを迎えるエピソードがありましたが、あんな感じです。
つまらないわけではなく、読後に━━いまの話って、いったい何だったのか?━━と振りかえって考えさせる系。
刺激は強くありませんが、33の収録作品を見渡せばユーモラスなものが多めですから、退屈はしませんでした。
著者の奥田徹さんは日活芸術学院出身であり、ご自身でも映画の脚本・監督を務めています。それゆえか、オムニバスフィルム映えするエピソードが多い印象です。
収録作『暑い日の猫と全裸』は前衛ショートフィルムのシナリオになりえますし、『兄が犯罪の準備をしていた』という掌編は、膨らませかた次第でユニークな映像になりそうです。
おなじ屋根の下に住んでいる歳の近い肉親が、じつは自分の知らない秘密を抱えていて━━というのは、多くの人々にとって身近なシチュエーションなので、つい結末が気になります。
Kindleストアでサンプルが無料で読めます。お試しください。(スマートフォン、タブレットでもOK)
- 家出しなかった少年
- 著者:奥田徹
- 価格:290円
- 読了にかかる時間:約1.5時間(個人差があります)
著者について
奥田徹さん(@shonenkinema)。『おくだ・とおる』と読みます。日活芸術学院卒。『ベリースタートっ!』監督・脚本。ほかにも、映画脚本多数。
DIGクリエイティブアワード2012にて小説『ドーナツと彼女の欠片』がグランプリ受賞。
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