こんにちは!
つんどく速報ライター☆イマガワです。

ざっくり言うと


・著書は、神坂一『スレイヤーズ』と受賞を争った人物
・星新一賞に応募した短編小説を収録している
・注目すべき落選作家たちが、いまKDPに続々と登場している

ワールドテイルワールドテイル [Kindle版]
三月 利津夫 (著)
出版: C3PLUS; 1版 (2014/5/9)

「第1回ファンタジア長編小説大賞」佳作受賞後の幻のデビュー作、及び、星新一賞応募作を含む、SFファンタジー短篇5編。

【収録作】
狭いアパート暮らしから脱出するため“ドールハウス”を購入する夫婦……『キャリーハウス

空から嗜好を支配される人々……『空から嗜好が舞い降りる

異人間が暮らす「城」に侵入してくる獣人……『人間の城

子供たちが持つ超能力で浮かぶ浮遊都市……『シスターボーイ』『フロンティアの少年

※製品版は、タテ書きです。下記プレビューはPC向けです。

著者の紹介


著者は、三月利津夫さん。富士見書房が主催していた『ファンタジア長編小説大賞(現・ファンタジア大賞)』の記念すべき第1回における佳作受賞者です。(参考リンク
同選考において、神坂一『スレイヤーズ』と受賞を争ったという経歴の持ち主。

本書には、惜しくも賞を逃した幻の長編小説『シーヴァス』の後日譚を収録しています。賞は逃したものの声がかかり、富士見書房『ドラゴンマガジン』1991年5月号と6月号に掲載されたものです。

今回のレビューでは、5作品のうち、これぞと思った3つの短編小説をご紹介します。

『キャリーハウス』


これは、第1回星新一賞の応募作です。

せまい賃貸住宅での生活にウンザリしていた人々が、画期的なドールハウスを入手します。ただの『人形の家』ではありません。
持ち運びできるドールハウスとヘッドマウントディスプレイを組み合わせることにより現実内現実(バーチャルリアリティとは異なる)を実現するガジェット━━いわば、実体をともなう人形に憑依できる『Oculus Riftです。

キャリーハウスの販売メーカーが行っているサービスのひとつに、さまざまな生活用品を引き取り、ドールサイズに縮小して返送してくれる、というものがある。
(中略)
ドールも買い換えた。付属していた規制ドールを、注文ドールに。注文ドールは自分たちの遺伝子を使用して成型したドールだ。「フィット感」が既成ドールとは圧倒的に異なり、ドールの体がもはや自分の体そのもののようにしか感じられない。

ワールドテイル』から引用。以下おなじ

書籍の自炊さながらに、自分の実生活をも電子化してしまえるサービスですね。
あまりにも心地良いために、職場にキャリーハウスを持ち込んでは昼休みにひきこもってしまう者が続出します。(しかも、ホームレスの皆さんが持ち運ぶくらいに普及している)

いよいよ『キャリーハウスドーム』なるものまでが登場します。全天候を再現するキャリーハウスドームは、優れた技術によって、もはや現実と変わらない日常を実現していました。利用者はカプセルベッドに寝ていれば、あとは運営会社が全部やってくれるのです。

しかし、このあと人々は不満を感じはじめます。
究極の現実逃避おもちゃ『キャリーハウス』が大流行してしまい、ドーム利用者が増えることによって、楽園に閉塞感が漂いはじめます。(SNS疲れ……)

彼らは『キャリーハウス』の不満を解消するために『ナノキャリーハウス』を買い求めます。つまり、現実逃避した世界からのさらなる逃避を試みるのですが━━。

『浮遊都市シリーズ』


『シスターボーイ』と『フロンティアの少年』の2作品で構成されている連作小説です。

この世界では、いくつもの都市が地球の周囲に浮かんでいます。人々が生活を営む都市は、少年少女たちの『想能力』によって維持されているという世界観です。

それゆえに、成長にともなう少年たちの想能力の暴走は『歪み』と呼ばれて、まさに都市の浮沈に関わるものとして恐れられています。

想能力の暴走による社会の不安定化を防ぐために、『歪み』を呈しはじめた少年たちに対しては『粛正』(粛清ともいえる制裁行為)がおこなわれます。

この世界では、さまざまな超常現象を実現できる想能力にもの言わせて、少年たちはギャング団(のようなもの)を結成しています。
『浮遊都市シリーズ』は、それらの抗争を通して、この世界に生まれてしまった少年少女たちの青春や葛藤の日々を描いています。

感想


著者あとがきによれば、本書『ワールドテイル』の電子書籍データを制作する過程において、心境の変化があったそうです。

さて、このたび、昔の作品を掘り出してきて読み返し、ここ数年、生活の忙しさ厳しさから薄れかけていた小説への情熱を思い出すことにもなりました。

いまから思えば、相手が悪かった。なにせライトノベル神である神坂一です。むしろ、2000万部作家と賞を争ったことがあるという経歴は、誇るべき勲章ではないでしょうか。

落選作品の乱(立)!?


今年3月。第1回星新一賞の決定を受けて、落選した応募作がKindleストアに並びはじめています。

■『Falling Nova』犬子 蓮木 (著)
■『歌唱人形はかく歌いき』永坂暖日 (著)

ほかにも。京極夏彦や西尾維新を輩出した『講談社メフィスト賞』の応募作を改稿したのちセルフパブリッシングで刊行する、という事例もチラホラと。

『イタコに首ったけ!』現役JK霊能力者・辻小春はウソをついている きうり (著)
10年ほど遅れてやってきた新青春エンタ&ミステリ『キミのココロについてボクが知っている二、三の事柄』藤崎 ほつま (著)

極私的な所感を述べます。KDPにおいて落選作と銘打たれた小説を読んで━━「なぜ、これが受賞しなかったのだろう?」と感じたことは一度もありません。

しかしながら。いずれの落選小説においても、意欲的なアイデアを備えているものが少なくないのです。いつか傑作をものする可能性を秘めた人材がセルフパブリッシング市場に存在することを、わたしは否定できません。

実力のある人は、とっくに商業デビューしています。
才能のない人は、見切りをつけて書くのをやめます。

セルフパブリッシングという仕組みは、その中間をさまよっている━━才能はあるけれど今のところ実力をともなわない━━書き手たちに、擬似的な商業出版体験という一種のモラトリアムを与えています。

読者からの良い反応を得ることで成長する書き手もいれば、無反応や厳しいレビューに落胆してあきらめる書き手もいる、等々。はたから眺めているぶんには、それなりにエンターテインメントな界隈です。

こじつけるならば、『落選展』によってモネやルノワールなどの印象派が世に見出されたという歴史もあるので━━KDPにおける落選小説の書き手たちに注目しておいても損はないと思います。

Kindleストアでサンプルが無料で読めます。お試しください。(スマートフォン、タブレットでもOK)

  • ワールドテイル
  • 著者:三月 利津夫
  • 価格:200円
  • 読了にかかる時間:約2時間(個人差があります)

「ファンタジー」度
★★★★☆(4)
「SF」度
★★★☆☆(3)
「満足」度
★★★★☆(4)
「総合」
★★★★☆(4)


著者について


三月利津夫さん(@rich_twt)。『みつき・りつお』と読みます。兵庫県神戸市生まれ。

長編小説『シーヴァス』で第1回ファンタジア長編小説大賞佳作受賞。(参考リンク) 短編小説『シスターボーイ』で商業誌デビュー。

ちなみに、本書の表紙イラストは、村上春樹『1Q84』(文庫版)装幀とおなじ絵画を使用しており、本書『ワールドテイル』巻末にて言及しています。セルフパブリッシャー諸氏にとっては有用な情報かもしれません。

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